超高齢社会の歯科治療

 超高齢社会になり誰もが100歳まで生きることを想定していかなければならない世の中になりました。歯科医として患者様の治療をする際に、100歳になった時のお口の中を想像してみるのですが、なかなか難しい。

 現在の100歳の方は、 当たり前のことですが30年前は70歳で、当時の70歳は大きな入れ歯を入れている方が多かったです。そのような方が100歳になった時には総入れ歯或いは総入れ歯に近い状態の方が多く、歯科治療も入れ歯の修理や修正、残ったわずかのは簡単な虫歯治療が主になります。

 ところが現在の70歳は入れ歯を入れていても小さな部分入れ歯程度の方が多く、多くの自分の歯が残っています。そのまま100歳時も、その後わずかな歯を失うだけの方も半数位はいらっしゃることが想像できますが、大きく変化する方もいらしゃるでしょう。

 超高齢になり、大きな心身の変化が起こった場合、お口の中の環境は大きく変化します。慢性疾患などのための投薬の副作用も含め、高齢になると唾液の分泌が減り虫歯や歯周病になり易くなります。認知機能の低下による歯ブラシなどの口腔ケアが極端に低下することもよくあることです。

 このような場合に多数歯が同時に虫歯になったり、歯周病になったりします。歯科医が考えるベストの治療が患者様のコンディションにより行えない場合も多いと想像できます。

 これからは健常者へのより良い治療のみならず認知症高齢者の効率的な歯科治療と虫歯予防などの更なる研究開発も必須です。

 

根面う蝕の原因がわかった!?

 超高齢社会に伴い、歯科界で問題になっている高齢者の根面う蝕の原因について、東北大学歯学研究科の研究発表がなされました。

 それによると元々歯質に含まれるタンパク質分解酵素が酸により活性化されることにより、酸性環境から回復した後でも、歯のたんぱく質が分解されう蝕が進行すると結論付けています。

 酵素の活性を抑制するものとしてフッ化ジアミン銀などが有効とのことですが、フッ化ジアミン銀は歯質が黒くなってしまうことから、使用は限定されることとなります。

 しかしながら原因が分かったことにより、新しい根面う蝕抑制剤の開発が期待されます

歯科における酸蝕症

歯科における酸蝕症とは口腔内に酸性の蒸気・が液体入ることにより歯が溶ける疾患で、従来、仕事で強酸を扱う人に起こる疾患として認知されていました。

その他、摂食障害などで疾患で胃酸が口腔内に入ることにより起こることもあります。

最近では食生活で習慣的に酸性の飲料・タブレットなどを摂取する機会が増えた人が多くなり、それらによる酸蝕症が増えています。大型のペットボトルの飲料が販売されるようになり炭酸飲料を水代わりに飲む人、健康に良いと思い酢を毎日飲む人、疲労回復に良いとクエン酸のタブレットをなめる人、などが注意が必要です。アルコール飲料も酸性で、ソムリエが多くのワインを口に含んで吐き出すテイスティングをすることによって、酸蝕が起こることも知られています。

人間の唾液には本来溶けた歯を修復する働きがあります。この能力は個人差がありますが、多くの方は偶に炭酸飲料を飲んだり、週に1にどのトレーニングの後にクエン酸をとるぐらいは問題はありません。

高齢になったり、全身疾患の治療のための持続的な投薬の副作用で唾液の分泌量が減った場合などには注意が必要です。日常的な対策としては飲酒などの時に水を頻繁に飲み歯に酸性の成分が停滞しないようにすることです。

歯は表面は耐酸性の高いエナメル質ですが、中は象牙質で耐酸性が低いので、摩耗などにより象牙質が露出してしまった場所は歯科医院でレジンなどで覆ってもらうのも、酸蝕の予防になります。

国民皆歯科検診?

夏の参議院選挙における自民党の選挙公約が発表される中で、最近メディアに乗ることが多いのが『国民皆歯科検診の実現』です。財政に余裕のある自治体ではすでに実施されているところもありますが、国に主導されれば予算が組まれ全国で行われるようになります。

このニュースを聞いてSNS上では、賛否あります。日本歯科医師会は自民党の支持団体ですし、選挙に向けて歯科医師会の協力を強く得たいための政策と勘ぐる方がいるのも理解できます。しかしながら、歯科医師会会員として言うならば、歯科医師会にそんなに力はないし、歯科関係の予算を増やすと、もっと大きな支持団体である日本医師会の機嫌を損ねる可能性もあります。表向き言われている”将来的な医療費の抑制につながるため”という理由で岸田総理が判断したとしても個人的には納得します。

歯周病は強い自覚症状は急に来ることが多いですが、客観的・歯科医学的指標では無症状のままそのだいぶ前から始まっています。歯周病の治療の基本は的確な歯ブラシのマスターにあります。初期の状態であれば歯石の除去とブラッシングで大概の症例は治癒します。進行してしまうと歯の根が露出し完全な治癒は難しくなり、継続的・定期的な通院をしないと現状維持が難しくなります。重度になるとさまざまな全身疾患の悪化につながることが分かっています

そういう意味では良い制度だと思いますが、健康意識の高い方は今までも定期検診を受けていると思いますし、義務化されても罰則がないといままで受けない人の多くは受けないと思います。

 歯科治療にネガティブな印象をお持ちの方もまだまだ多いと思いますし、歯石を取られるのも快適ではないかもしれません。しかし、初期の歯周病をきちんと治療管理すると口腔内の粘つきや口臭がなくなったり、結果的に快適になるので、そのあたりを我々がもっとアピールしていかなければいけないと思います。

口腔癌と歯科検診

 平均寿命が延びたことによって口腔癌の発生頻度も増えています。私が学生のころには一人の歯科医が生涯に口腔癌と遭遇ずるのは2例ぐらいだといわれていました。ところが、歯科医師が増え、当時より一人の歯科医師が診る患者数は減少しているにもかかわらず、私個人でも既にその倍以上の口腔がん患者と遭遇しております。

 歯科医師会では近年会員歯科医師に対して、日常診療の中で早期の口腔癌を発見できるように、講習会が盛んに開催されています。(現在はコロナ禍のためオンラインによるものですが。)

 癌などの悪性腫瘍は全身に出来ますが、治療法の進歩により決して死の病ではなくなりました。初期のものはもちろん、多少ステージが進んだものでも、かなり延命できるケースが増えています。逆に考えると治療後、長く生きていくことになるので、術後のQOLが大切になります。

 そこで問題になるのが、口腔癌が顎顔面に出来る癌であることです。癌治療は化学療法・放射線療法などもありますが、未だに多くのケースで切除治療が第1選択となります。そのため、ステージが進んだ口腔癌の場合、治療後に顔貌に大きな変化が出てしまい、個人のとらえ方次第ではありますが、QOLが内臓に出来る悪性腫瘍に比べ、著しく低下してしまう場合が多いです。

 このような問題は早期発見によって、防げる可能性は高まります。虫歯や歯周病の検診のみならず、50歳を過ぎたあたりから口腔癌の検診も合わせて受けることが推奨されます。最近は歯科医師会に加入していないクリニックも多数あり、個人で研鑽をつんでいる方も多いのですが、歯科医師会加入しているクリニックの多くが口腔がん検診も行っています。